全ての学ぶ者へ。

受験生、大学生、社会人、隠居人。すべての学ぶ者へ捧ぐ「学び」のバイブル。

【2】『幸福に関する論考』

幸せってなんなんでしょうか?

 

おそらく一度は考えたことがあるであろう、
なぜ自分は生きているのか?
という問い。

 

しいて言うなら、
幸せ」というのはこのあまりにも
難しすぎる問いの暫定的な答えなのではないか
と僕は思っています。

 

たまに「生きる喜び」についての
話になったりします。

 

大学の友だちと話すと、
お金が欲しいだの、モテたいだの、
世界旅行したいだの、結婚したいだのと
様々な声が上がります。

 

社会人の人と話すと、
社会的な成功、出世、
家族の幸せ、子供の成長と
これまた多様です。

 

仕事が喜びの方もいますし、
遊び惚けている人もいます。

 

幸せ」についても
よく話したりします。

 

すると人々は、
好きなことを好きなだけすること
好きな人と過ごすこと
などと一気に抽象的な話題になりがちです。

 

中には食べている時とか
寝ている時なんて人もいます。

 

さて、どうやら幸せというのは
かくも人々を悩ましているテーマのようです。

 

 

あなたは今幸せですか?

 

 

もしそう、もしくはそうでないなら、
しばし僕の雑談と考察にお付き合いください。

 

一緒に幸せについて
少し考えてみましょう。

 

 

 

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幸せの定義は?

 

僕は幸せを
全生物の共通言語だと考えています。

 

もしかしたら、
俺は幸せなんて求めてないよ。
人からバカにされいじめられるのが好きなんだ
という方もいるかもしれません(?)

 

これも例にもれず、
幸せを求めていることになります。

 

幸せの形こそ、
一般的ではありませんが、
その人にとっての幸せの定義が
その様であるというだけです。

 

それは動物も
例に漏れないでしょう。

 

サメなんて絶対、幸せもくそもないよ

 

 

もしこういう人がいれば、
物事を客観的に見てみる必要があるでしょう。

 

人は平気でブタや牛を殺して、
自分たちの「」を守ります。

 

これをブタの目線から見たら、
ほとんど残虐な大量殺戮と同じです。

 

人間が生きるために食べているのだからいい、
という議論はかなり浅いもので、
肉がないと死んでしまうわけでは
ありませんからね。

 

サメが幸せを求めていない、という
理由にはなりません。

 

極めて自分よがりな意見です。

 

 

このことについては
このポスターがわかりやすく
説明してくれます。

 

 

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鬼にも幸せがある、
ということです。

 

ここを切り離して考えるのは
無理があるかなと思います。

 

しかし今回は人間に絞って
考えていきます。

 

 

さて「人間」は何を
幸せとするのでしょうか。

 

 

少し調べてみると国連などによる、
幸福度調査」なるものが実施されている
ですがあまり意義は感じません。

 

幸せとはもっと生々しく、
もっとドロドロしく、
そして温かいものだと思っています。

 

なぜ必死に頑張って登山したあとに
頂上で食べる100円のカップラーメン
あんなにも幸せなのでしょうか。

 

はたまた、なぜ家で
ダラダラしながら何ともなしに
時間を過ごすのが幸せなのでしょうか。

 

なぜ恋人と過ごす
甘いひとときはあんなにも
幸せを感じさせてくれるのでしょうか。

 

はたまた、なぜ一人
自然に囲まれてのどかに過ごしたり、
身体を動かすことに幸せを
感じるのでしょうか。

 

なぜ友達と集まって、
バカ騒ぎするのが幸せなんでしょうか。

 

どうも不思議です。

 

分かるようでいまいち
よくわかりません。

 

昔僕は幸せとは
自分で選択できることだ
と言っていたことがあります。

 

確かに生き方も、やることも、
過ごす相手も何もかも、
自分で選べたら確かに幸せです。

 

一方で選択には苦しさがある、
というジレンマもありました。

 

選択肢100個から1つを選べる
というのは99個を捨てるということであり、
それを人は幸せには感じないかもしれません。

 

 

そうあれこれ考えていると、
一つだけ僕なりに答えが出ました。

 

幸せ=正の感情の琴線に響くこと

 

 

というものでした。

 

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どうやったら幸せになれるか?

 

僕が思うに、
幸せにはいくつかの
発生要因があるものかと
考えています。

 

そもそもの幸せに関する認識なのですが、
僕は「幸せは、過去か現在の俯瞰的な評価
だと考えています。

 

何かやっている時、
本当に幸せな状況に主観的に取り組んでいる時
幸せは感じないものだと思っています。

 

その状況から一歩意識を引いたときに、
はじめて「あぁ、幸せだなぁ。」とか
幸せだったなぁ」と感じる
というものかな、と思っています。

 

 

それを踏まえて僕が幸せに大切なことは
思考力」だと考えています。

 

 

こういうとわかりづらいと思うので
もう少し因数分解してお話しします。

 

自分自身で選択する
ということは幸せには欠かせない一要因
であることは明らかです。

 

何かを強いられているとき、
人は基本的に幸福を感じることができません。

 

そして現代において、
思考力」なしに自分自身の道を
切り開いていくことは至難の業です。

 

簡単にいうならば、
大学などが典型的な例です。

 

大学は4年間という時間と、
平均400万円というおおきな買い物です。

 

時間もお金も大きく失う、
使い方を間違えれば詐欺的な
ぼったくりになりえます。

 

今のような時代を読み取り、
大学」というものを偏見なしに、
つまり色眼鏡なしに冷静に見つめるのは
思考力」なしには実現しません。

 

 

大学ひとつとっても、
思考力があればもう少し合理的な判断が
できる可能性もあります。

 

日々の買い物などでも、
ほとんど同じことが言えます。

 

緻密なマーケティング戦略の餌食に
なってしまいます。

 

それ自体は別にいいことだと思いますが、
人々はそのテンションで人生の重大な決断
感情に任せて決めてしまいがちです。

 

これが享受できるはずだった幸福を
一定数失う要因になっています。

 

思考力があればどういう人と
関わってどのような関係を構築していくことが
幸せかがしっかりわかるようになります。

 

人には好き嫌いがあるわけで、
誰と付き合うか」は間違いなく
当人の幸福に大きな影響を与えます。

 

 

裏を返せばこの人といたら不幸になる、
という状況は半ば必然的に訪れるわけです。

 

しかしどうも世の中に多いのが、
それを我慢し続けなければいけないという人。

 

これは幸せではありません。

 

というより、
客観的に見て「幸せだな」という感想が
出るような状況ではもちろんありません。

 

その問題を解決することにも、
問題をそもそも認識していくにも
思考力は欠かせないと思います。

 

 

そしてそこに「正の感情」が組み合わさったとき、
人は幸せになるのではないか、と思います。

 

 

あなたにとって、
幸せとはどんなものですか??

 

 

 

最後まで読んでくださり
本当に有難う御座います。

あなたにより深く
記事内容をインプット
してもらうためにも

ぜひコメント欄で
何を学んだか」を
送ってみてください。

それが「思考力」の
基盤となりますので
やっていただければ幸いです!

電車なり、トイレなりの
空き時間」でいいので
毎日継続して習慣化しましょう。

確実に日々何かが
変わっていくはずです!


*今後も毎日ただただ
 発信していくので
 お気軽にコメントしてください!

 

familiano22.hateblo.jp

 

 

筆者の自己紹介が書いてあるので、
受験生と興味のある方は是非一読ください。